מבנה

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2018年7月8日日曜日

何故某宗教は失敗したか?

教祖が処刑されたのだから当然である!言ってる事は古いイメージしかなく 、旧い宗教の末路の姿を示したと言える。新興宗教の割には体質は何の新しさの欠片もなかった!教義はお粗末そのものであり、古い終末論に寄りかかったものであった。矢張り全てが真似だった。未だに莫大な資産を有しており、脅威は消えてはいない。否定辞を使えば実体がなくなるものという論理を使っている。極めて幼稚な論理だった。しかし、彼等を完璧に論駁する事は既存宗教には出来ないだろう。既存宗教と彼らとの間には通底するものがあるからだ。精々がテロリストと取って付けた様に決め付ける事しか出来ないのだろう。根源的な批判は出来ないのだろう。失敗した事に気が付かずに未だ後継団体を続けている連中がいる。彼等の特徴は、自らが論理を形成出来ないと言うことである。他律的な行動基準しか持てない輩なのである。こう言う特徴は現代人に共通の特徴である。彼等の問題は現代人の問題でもあるのだ。現代日本人で論理構築力のある者は一部の企業人しかいないだろう。しかし、企業人は経済利益が最終目的でであるから決して悪いと言う訳ではないが利益に集中し過ぎて危険な投資をし兼ねない。むかしからある問題であるがこの教団の売りは修業である。修業とは何か?何か鍛錬するらしいが、早い話が或るレベルまで耐えることだろう。我慢するのである。メンバーが単に平均化する事が目的なのだろう。単なる現代社会の縮図をなぞる程度の事なのだ。空中浮遊に至ってはお笑いも大笑いもいいところである。

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