| トーラーを読み進めるに当たり、先ず族長物語の「アブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神」と言う度々登場するフレーズに躓いた事だった。これらは一括りに出来る概念だっただろうか?と疑問に思ったのである。暫くはこれに拘り続けた。しかしこの疑問は族長達の記事に答えがある事が解った。そこにはアブラハムの場合は貫こうとする意志の強さ。イサクの場合は暫くは解らなかったが、父アブラハムに疑問をぶつける事によって命拾いした事だった。従って疑問を持つ事が道を切り開いたのだった。ヤコブの場合は複雑な山羊の生態に熟知し知恵を使って繁殖に成功した。全て知恵を使って切り開いたのであった。恐らく族長物語は資料段階で知恵物語が先行したものだったのだろう。案の定、凡ゆる物語は人の営為を核にしていると理解が出来る様になったのであった。 |
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