| 私の場合、手を使う作業が伴う 発明は事実上出来ない、断念せざるを得ない。左手が動かないからである。その代わり文献的探索を続ける事で新たな発見をする事が現在の極上の楽しみになっている。これも身体が自由にならない結果である。病気で苦しみも人より勝っていて時間も勝れて余っている。これを活用しない訳に行かない。唯一の邪魔物は次々と入るスパムメール等である。この削除に時間を割かれる事が腹立たしい。兎に角数が多い! 私の最近の発見は「客観の落とし穴」であった。誰しも客観的な見解がより真実に近いと思うだろう。ところがそうではない見方がある事を知った。人にとっての真実とは、主観と言う入り口、取り入れ口が欠かす事は出来ないと気が付いたのである。これもトーラーを読んだ事による。自己を失ってまでの真実などはあり得ないという事である。真実は自己が最終的に実現し、創り上げるものだからである。 |
0 件のコメント:
コメントを投稿