מבנה

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2012年12月24日月曜日

 
38)試論「バベルの塔」

 
トーラーはトーラーなりの構造で示したかったようです。人に堂々と生きなさいと言っています。それを言葉、概念で直接言うのではなく、ある概念を巧妙に否定したり構造化する方法で宣言、主張するのです。例えばバベルの塔の物語は塔を作ったことと人々が散らされたことの因果関係を述べたものではないのです。人々が散らされたことは明らかに罰としての受け止め方をしていますが、大事な点は、人が塔を作ることによって神に近づこうと目論んだことに対して否定、警告を発したのです。神は天には居りませんよ。その様な存在ではなく、高さを目指しても君らの力にはなりませんよ。お門違いもいいところですよ!と言われてるようなものです。警告だったのです。
そう言う方法で聖書は構造を作って語りかけているのです。そう言う手法はこれから聖書をもっと読み込んで行くと見つかると思います。自分も期待しているところです。
神は、世界創造の仕事を自らの発意に基づいて納得して行い、六日間働き、最後の7日目に出来上がった作品を見て何と良い事かと満足しました。これは誰の為でも無い、自分自身の為の仕事をしたと言う事です。ところがヘブライ人たちがエジプトで奴隷生活に身をやつしたこととの落差に或主張を見出すことが出来そうです。エジプトでの奴隷生活と言うのは人の本来の生き方とはかけ離れており、エジプト人のためにエジプト人の言うがまゝの仕事をしているということだった訳です。
そこで、モーセはアブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神を思い起こさせて民を鼓舞するわけです。物語ではモーセを通して神は民に伝える形にしています。本来の労働、生きるとは何かを思い起こさせようとしています。
聖書を読んでもどこからどこまでが歴史的事実であるのか、フィクションなのかは解りません。宗教的な主張に従ってまとめられていると言うしかありません。如何に構造が重要な役割を担ってるかの好例です。/加筆予定

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