| 私は、創世記冒頭「天地創造」が何故存在するのかなどは見逃して読んでいたし、さほど重要な部分とは全く思っていませんでした。所謂、アメリカなどの原理主義者の餌食になってるなと苦々しく思っていただけでした。日本にも進化論に抵触する考えだと言う事を深刻に悩む方がいるのを奇異に眺めていました。ただ、この物語に仮託された真意に気付いていた訳ではありませんでした。しかし、ここに書かれているのは神の完璧な仕事のあり方でした。自らの発意に基づいて働き、それを良しとして満足している様子でした。理想的な仕事の質を持っていました。これは以降に続く全ての伏線になっている様に思えました。何故なら神は人間を作った時自らの似姿に作ったと書いてあります。神の在り様は人間に引き継がれて行くように書かれてあります。これを裏切る、これと違う道は神の意に反する事と言えます。それでは、それ以降の一番目立った記事はどこだったでしょうか。イスラエルの民がエジプトで奴隷の身分に落ちて自分の意に反する労働を強いられたという事を神がこれではいけないとモーセを使ってエジプトから逃避させる物語に端的に表現される訳です。イスラエルの民にカナンの地に戻って本来の立場を取り戻し本来の仕事をせよと言ったと思います。この様に創世記冒頭は以降に続く全ての物語の下敷きとなって働きます。/続く |
מבנה
連絡先⬛︎graphico_ss@icloud.comへご質問がありましたらこちらにメールを下さい!療養中の身なれば固定電話は簡単には出られませんので。何卒、お許しください。
2012年12月21日金曜日
*
| 36)創世記冒頭に仮託された真意とは何だったのか? |
*
登録:
コメントの投稿 (Atom)
0 件のコメント:
コメントを投稿