מבנה

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2013年1月13日日曜日

★無謬と誤謬

新約聖書は観念の在り方が概ね無謬を以って是とする構造になっています。ですから、絶対的スタンスなんでしょう。抑もキリスト教創始のイエスも読んでいたトーラーは無謬を以って是とするという立場ではなかったのです。トーラーは世界観は提供したけれど人に世界に対して働きかける事を促したのです。決して無謬の事項をとくとくと説諭したものではなかったのです。何が正しいかなんて自分で考えなさい。生きる方法も自分で一から十まで納得の行くように考えなさいと言ってる様なものです。一番大切な事は自ら知恵を振り絞って学ぶと言う事なんだと口を酸っぱくして繰り返しトーラーは言ってる筈です。その辺の評価が低いとトーラーは古代人の書いたお伽噺を無理矢理信じなきゃならないことになってしまいます。或いはふ〜んそんなもんかとやり過ごすだけに終わってしまいます。トーラー創世記は一番重要な事を真っ先に述べています。そこには無謬と言う視点では書いてはいません。人が世界を前にした時の立ち位置について書いているだけです。世界=地上は混沌であるのでそれをよく分析して生存の為の糧にしろと言ってます。今の言葉でいえば神は人を作る時にDNAにそれを託したと言う様なものです。古代のヘブライ人知性が精一杯考えた事です。

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