מבנה

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2013年11月29日金曜日

トーラーと今の私  

 
私は今病気療養中ですが、この境遇なりに幸せを感じる時があります。どんな時かと言うと、半身麻痺の為手を自由に使う事は殆んど出来ませんが、片手でこの様にテキストを打ったり、思考に泳いだりする事は出来ます。このテキストを打つ、思考する事の中で新しい視点を得る事が出来た時が一番幸せに感じる時です。即ち創造的に脳を働かせられた時が最も満足出来る時です。この喜びを確定的にしてくれるのがトーラーで裏が取れると言いますか、励まされると言う時です。トーラーを権威としている訳ではなく、何とバランスの良い間尺に合った思考のための下敷きは他にありません。そう言う意味でトーラーは正に今の私が生きて行く上で不可欠な存在です。無理して信ずる事をしなくて良いのですから、忽ち骨化、肉化、出来るのですから有難いものです。  
新しい視点の獲得は私個人的にでも世界を押し広げる事ですから、終わっていなかった世界の創造に遅れ馳せながら参加出来た事に喜びを感じると言う訳です。  
いずれにしても、人にとって創作と言う行為は自らの為でもありそれが人類に何らかの貢献をするのであれば、更に幸せを享受できることです。創世記冒頭の神の創造行為は人の幸せを完璧な形で描き出しています。創造その都度に「良し!」と言って満足しているのです。この「良し!」と言う所は読み飛ばすべきではないと感じた次第です。ここは重要な表現だったと思います。即ち、神は創造を企画し、実行し、作品に満足し、休養したと言う事だと思います。 
神が創造した時の描写の特徴は、先ず地は混沌であるので、光を必要として混沌を観察出来る様にしたのです。 
 

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