| 「神名YHVH」がどう言う発音だったを詮索する事自体に意味のある事ではありませんが、それを詮索、推定する際に、単純に母音を探す意識で当てずっぽうに当て嵌めても意味が無いと思います。また、巷間に流布されている出エジプト記のモーセに神が明かした「私は有るというものである」に関連があると言うだけでは全く説明になっていません。どう関連しているかと説明しなければ意味がありません。推測の手順を整理して決めて入り口を設定して初めて推論の精度が上がろうというものです。 トーラー(五書)の中で最も本質的な記述がなされている部分は神の創造物語と族長物語に現れていると思いますが、アダムは早速脆さを表しています。カインはかなり本質的な部分に踏み込んでいると思われますが、アベルは或る意味無警戒さを暴露し、地にて果てる事になります。物語の上では最初の殺人事件と言えなくもありませんが、人の本質に踏み込んだ記述であると言えます。即ち殺人は人の中心的な課題となっているのだとトーラーは指摘しているのです。避けては通れない課題だと言っているのです。トーラーの残りの大部は何を表しているでしょうか?ヘブライ人が民族として成長して行くに連れて、忘れてはならない記憶の維持の為に、独自の宗教を採用して行く過程を記述したものであると言えると思います。 トーラーと言うのはヘブライ人とっての常識は説明を敢えてしないので解りにくい事があるかもしれません。説明がある場合は宗教的主張がハッキリしている時には無理をしてでも主張を展開しています。トンデモナイ方法で独自の主張を展開しているのです。宗教と言うのは従来の宗教を批判的に内包していると言う事が理解の鍵になると思います。 |
מבנה
連絡先⬛︎graphico_ss@icloud.comへご質問がありましたらこちらにメールを下さい!療養中の身なれば固定電話は簡単には出られませんので。何卒、お許しください。
2014年9月2日火曜日
| 「神名YHVH」を考える際に |
登録:
コメントの投稿 (Atom)
0 件のコメント:
コメントを投稿