מבנה

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2015年4月4日土曜日

215)所属と言うものについて

私は所属と言うものがありません。誰の命令も誰からのミッションも預かってはいません。何処の兵隊でもありません。但し、近現代の科学の洗礼を受けています。近現代の科学は知的共有の輪を作っており、人間の各個性が知の連携を構築し乍ら建て増して行った建造物です。この建造物を参考にし乍らトーラーの構造を探ろうとしているのである限りは、近現代の科学の一兵卒であると言えると思います。ただ、科学者の中にトーラーをマトモに取り上げる者が少ないためこの分野の連携は実績が少ないと言う実情があります。
ところで、ノアの箱船の物語は貴重な見解を提供してくれています。ノア達は座礁漂着後は箱船を捨て新しい生活を始める事になりますが、乗り捨てた箱船は朽ち果てるに任せる事になる訳です。目的を達成したら、何時迄も拘泥する事なく、吾を取り戻して新たな営為に向かうのです。箱船は飽くまでも緊急避難の為の仮小屋だった訳です。組織は目的を達成する為の手段だったのですから、用済みになれば捨て去るのは当然です。
現在においても組織は用済みになれば捨て去る対象です。或いは、組み立て直す事は必要に応じてしても良いのです。或いは、目的の進捗に応じて期限を設けても良いのです。そう言う意味でノアの箱船の物語はヒントを与えてくれるエピソードであると思います。所属など拘泥するものではないと言うことです。
更に、組織を自己目的化する事の愚を知る事は必要とのヒントも隠されていると思います。但し上記のような論が成り立つ為には、人間の自立的生存が前提になるとは思います。これはトーラー全てについても言える事で、トーラーの内容を相対化、対象化することに他なりません。
所属とは飽くまでも手段です。自己目的化する事はないのです。自己目的化とは正当化と言い換えても良いですが、所属する組織自体がどんな正しいと思える事を述べたとしても受け止めが従属的では正当化したことが物象化するだけなので、目的には至らないと思います。即ち正しい事を考えただけでは正義は実現しないと言う事になります。所属した組織は往々にしてヒエラルキーですから、相対化を避けてはぜったいに目的には至らないと言えます。

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