第一日から第六日までは労働する日として、寧ろこちらの方が重要であり、寧ろ大切な日であると思われますが、トーラーの主張は、安息日そのものが重要と言うよりは、安息が労働による充足を最重要としているからだと思われます。安息して初めて完成された意味のある労働だと言う事です。安息日だけ特別視しても商品の置いてない看板だけの店の様なものだからです。飽くまでも、労働と充足がひとまとまりとして捉える事が前提だったと思います。
| 日にち | 第一日 | 第二日 | 第三日 | 第四日 | 第五日 | 第六日 | 安息日 |
創 造 物 | 光(昼と呼ぶ)闇(夜と呼ぶ) | 大空(水を分ける) | 3 | 4 | 5 | 6 | ー |
解 釈 | 仕事の前の準備として混沌の地に光を当て可視化した。(これで、混沌状態が観察する事が出来るようになった) | ー | ー | ー | ー | ー | ー |
天地創造物語は現在の我々から見れば追認的名付けに過ぎません。実は神が何を創ったか等はどうでも良い事です。寧ろ仕事の仕方、在り方が注目すべき点であったのです。そこを見逃した従来の宗教解釈は全くの誤読であった言うしかありません。今の社会では労働と言うのは辛い事が多いでしょうが、そういう意味では現代こそ質的に奴隷社会と変わりないと言えます。神の仕事は満足の内に取り敢えず終わっています。仕事と言うのは自分の為にする事が最上なのだ!と言う主張が込められているのでしょう。特に毎日創造する度に「何と良き事哉」と満足し、最後の日は何もしない日を設けると言う自主的、自由な選択をしています。誰にも命令されない自分の選択が生きている訳です。創造主が疲れて休む訳がない!と言う拡大解釈は誤読、歪曲の最たるものです。
|
0 件のコメント:
コメントを投稿