| 私がこのブログで展開する議論の内、「追認」という言葉で表現する事は、トーラーにおいて、宗教的と云うより、人間観察的に、人の能力が最大限に発揮される場合にそれを確認し確認する事と言ったら良いと思います。殊更に能力を称賛する事ではなくても極めて人間的な能力を発揮し得た時に認め直している事です。トーラーには往々にして人の能力が最大限に発揮されたと云う時にさえそれが生存に結び付いた時には積極的に称賛して神を主語に立てて語ろうとしている様に観えます。何故ならそれが結果的にヘブライ人の伝統継承に寄与していると認識していると捉えられているからです。抑も神とはトーラーを語る論理の結合点(ジョイント)に当たる概念ですから、それ自体を分析的に語れないのかも知れません。/…… |
0 件のコメント:
コメントを投稿