| トーラーと言う難問を解く切っ掛けになった事は、「アブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神」と言うフレーズが何度か登場した事で暫く引っ掛かっていたからであった。しかしこの族長と言われる三人には神がモーセの様に登場はしていなかったのである。何故か?神は三人の目前には現れていないのである。これはカラクリがあると睨んだのである。ヘブライ人は何を以って神と呼んだのかと言う事に視点を移してみたのだ。辞書には神と並んで力と言う訳が載っていたが、私は力のままでは打開出来ないと思い、これを「能力」と読み直す事にしてみたのである。ここで神という自分の抱いている観念を崩してみなくては先に進めないと認めざるを得ないと思ったのである。そこで人格神的なイメージと力の意味は恐らく同根であろうとは思ったが、恐らくここでは十分分離していなかったのではないかとも思った。/……… |
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