מבנה

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2017年5月9日火曜日

イエスが活動した頃には既に奇跡的な行為とか能力が持て囃された時代になっていたのだろうか?ところが、トーラーにはその様な事を持て囃す事には背を向けて、距離を置いた事が解るのだが、何故イエスは自分の時代にトーラーを能く読んでいたにも拘らず、奇跡になど手を染めてしまったのかが解らないのである。奇跡を起こすと大衆を動かすのかもしれないが、抑もトーラーは全く奇跡には関心がなく、寧ろそう言う事には反対の立場を採っているのである。アブラハイム、イサクヤコブ達が実在の人物なら生き方から導き出された神の在り方はそれを否定しているのである。三人の族長達の業績には共通点は無いが無くても一貫性のあるものなのだと言う主張があって人としての健全な能力を出し切っている事には変わるところはないのである。当たり前の努力に神の名をつけていると言う事なのである。奇妙で不思議なことは一つとしてないのである。

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