| 人というのは生きている事が当たり前と思い勝ちではないだろうか?さにあらず、危い崖の縁を歩いてる様なものではないか?その崖すら忘れがちなのではないか?現在の人の死は目に触れない様に仕末することが殆んどである。小生は礫死体を偶然見た事があるが、都会で見掛けた呆気ない末路の一幕だったのであろうが、自ら選んだことなのだろう。生きるとは貴重な時間を紡ぐ事なのだが、人と言う動物はついつい忘れ易い。何が忘れやすいのかと言うと生きる事の貴重さを忘れてしまうのだ。しかし、生きるとは天国に昇る如くの経験も用意されているのにだ。幾ら辛い事があろうともである。若し、伴侶の筈が手に負えない暴力を振るったら確かに暴力を振るった方が悪いに決まっているが、その暴力を引き出してしまった自分と言う存在は何も問われないだろうか?人は須らく生きて関係として生きて行く動物である。その枠から出る事が出来ない。その様な生きる関係性を改善して生きる事も創造である。幾らでも手直ししようと思えば出来るのだ。面子さえ投げ捨てれば出来るのだ。 |
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