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ここでひとつ疑問が生じて来ました。אלהים Elohi:mは男性複数形「神」の普通名詞ではありますが、この中にאלה Elah「女神」が隠れていますね。独断ですが。本来は女神として使っていた単語を男性に転用した経緯がなかっただろうか?と言う思いが沸き上がります。男性の神のאלים Elimだけでも良かった筈です。その表現も数は少ない乍らもトーラーの中にありますが。素人ながら考えたのですが、אלה Elahは「女神」と言う意味が今でもありますので、アクセントを失った母音カマツガドールAがカマツカタンOに同じ記号のまゝ読み方が変わり、ElahimとはならずにElohimとなったのではないかと思った次第です。但し、カマツは現実には現れませんでしたが発音上の過程でそうなったのではないかと思った訳です。このことを考えたのは,こういう事実が古代のある時点での宗教改革があった痕跡と見えたからです。ユダヤ教に至る迄は何層もの宗教改革を経験してる筈と私は見ているのです。当時神は女神であるのが庶民の通常の受け止め方であったので、或いは女神しか知らない庶民に向けて新たな主張を起こす際にここに一工夫必要だったのではないかと言うのが私の推測です。 モーセの杖→蛇にも通ずる宗教的転質の問題が潜んでいると考えています。トーラーにおいては重要事項を後代に残す方法を宗教的な脚色をすることで行なったのだけれども、同時に片方にその宗教的還元と言う事自体を警戒する側面を読み取る事も出来ます。宗教的還元は民族の記憶の為に多大の貢献をしましたが、宗教としての矛盾も見抜いていたと思われるフシもあります。この件は項を改めて書こうと思います。 |
מבנה
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2013年4月17日水曜日
| 神Elohimは本来女神ではなかったのか? |
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