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2015年4月15日水曜日

225)神名「YHVH」とはどう言う意味だったのでしょうか?

「YHVH」はユダヤ人が決して正しい呼び方を明かさなかった神名です。見事に民族が一丸となって守り抜いたと言えます。何故だったのでしょうか?この名前を唱える事が恐れ多い事だったからでしょうか?そんなに盲目的な理由だけだったからでしょうか?神名とは極めて本義的表現である筈です。本義はヘブライ人が立ち返りの指標にはなっておかなければなりませんが、異邦人に対しては秘匿すべき先祖から伝えられた財産だった訳です。しかし、この語は秘匿の目的の割には常用される或いは類推され易い位置にあったと言う事もあったかも知れません。秘匿には大変難しかったと言えると思います。それはトーラーの出エジプトにおいて神がモーセに明かした時には「Ehyeh asher Ehyeh」と言ったのですが、ここの「Ehyeh」は「パアル態動詞一人称未完了」だったのでこれを伝承のために他称する目的が生じ、「ピエル態動詞三人称未完了」に直す必要が生じたと言う事です。しかし、「asher」 はどう言う働きをしているかが我々日本人には掴み難い所です。更に日本語訳の多くには翻訳を省略すると言う悪質な事もして素通りしている始末です。訳しにくいのであればその旨を明らかにするのが読者に対する誠意だと思うのが当然ではないでしょうか?
ここでは深くは追求しません。「asher」 に戻りますが、この関係詞はどうしてもこのままでは理解に苦しみますので、他に同様な例を探せれば良いのですが、これについては改めて調べたいと思います。恐らくパアル態を強意させてピエル態に導く働きをしたと思われます。パアル態は単に「存在する」「在る」という意味ですが、ピエル態はどんな意味になるでしょうか?「形作る」「構成する」という意味になる筈です。
私は格別のトレーニングを受けた研究者ではありませんので、学を業にしている研究者から見れば議論の飛躍が過ぎる場合もあるかも知れません。しかし、私は多少の正規のルートを通らずとも発想の飛翔の方を大事にしたいと思っています。巷の正規の研究者が一歩を踏み出せない様な領域にも自由に入って行けます。この際、発想の自由さを第一義として進めて行きたいと思います。

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