| 何と人生の終盤になってからトーラーをマトモに読む事が出来る様になったとは言わないが、マトモに読む事が出来る道具を得られたと云う事です。最初のきっかけはキリスト教(Catholic)との出会いが苦い経験を経て終わった事だったかもしれないが、そんなに慌てた話ではないのだ。トーラーは出会い迄にトンデモナイ長い時間を私の手前に置いたのでした。偶々良い出会いが人生の最後に来ただけの事だったのです。トンデモナク長い時間の中には多くの訳知り顔の知識で肥満した人間が居ただけの話ではないか!この書が裸の姿のままで伝えてくれた人々に感謝!感謝しかありません! |
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